芥川賞繋がりで、「火花」を読もうと思っていたのですが、書店で「火花」を手に取りふと思いました。
「TVで見る芸人さんのイメージのままこの本を読むと、もしかしたらちゃんと読めないかもしれない」
村上春樹氏の小説をうまく読めないと友人に相談したところ「長編がうまく入ってこないときは、まずエッセイや短編から読むんだよ」と教えてもらったことを思い出し、火花の隣に平置きされていた今回の本も一緒にもってレジに向かいました。
著者はお笑い芸人として、芥川賞受賞作の著者として、そして太宰治好きとして有名な又吉直樹氏。
本のはじめの方に、自分の頭の中で考えが巡るばかりで答えが出せず、周囲とコミュニケーションをとることができなかった子どもの頃に文学に出会い、自分と同じような悩みをもつ人間がいることに救われたという話がでてきます。
小説もエッセイもブログも何にでも言えることですが、書くということは頭の中を見せることだと思っています。
腹を割って話そうよ、どころではない、頭割って脳みそそのまま見てよ、そんな作業が「書く」ということ。なので、今これを読んでいる方は私の脳みそをのぞき込んでいるということなのです。
会話をすると、いかにお互いに心が開けるかということを意識すると思います。
自分の頭の中で巡る考えの答え合わせを、人とするのは勇気が要ることだと思います。
でも本は、取り繕うこともなく、わりかしありのまま書かれています。
私は、これを読んでいるあなたがどんな人で何を考えて何が好きでということはわかりません。
でも、これを読んでいるあなたは、きっと私のことがなんとなくでもわかるのではないかと思います。
心を開くとか、自分のことを話すということをしなくても、誰かの考えを知ることができます。
そこで答え合わせをしたり、軌道修正したりしながら、少し勇気をだして「この人なら」という人とコミュニケーションをとってみる。
臆病な私はそうしてちょっとずつ、人とコミュニケーションをとることができるようになりました。
夜中、これといった不安の種も見つからないのに気持ちが落ち着かなくなることはありませんか?
私はあります。とてもよく、そういった症状に襲われます。
この現象に「夜の魔物」という名前をつけて、猛獣を調教するイメージを思い浮かべながら夜を乗り越えていました。
夜の魔物の話だって、こういった機会がなければきっと話すことはないでしょう。
一緒に働く仲間にだって、夜の魔物の話をしたことはありません。
アラサーなのにいまだに思春期みたいな焦燥感を抱えてるなんて、こっぱずかしくて言えたもんじゃありません。
でも、小説やエッセイでは年代関係なく深夜に襲う焦燥感に悩まされる人がでてきます。
これを書いた人もそういう夜を乗り越えているんだ、特別なことじゃないんだな。そう思うだけで、安心感が生まれるのです。
人はこの夜をトンネルや霧や冬に例えたりもします。
越えられないと思うこともあるけれど、命さえあれば越えられない夜はないと思うのです。
この本の題名になっている「夜を乗り越える」というのはもっと切迫した場面のことを指しています。
太宰が自死を選ぶ、その夜を乗り越えたならということ。
私が飼い慣らして過ごしている魔物とは到底比べものにならないくらいのパワーをもったその魔物は、一瞬で太宰をあちら側へ連れて行ってしまいました。
「その夜さえ乗り越えれば、僕はダウンタウンDXでむちゃくちゃ笑いを取っているジジイの太宰や明石家さんまさんと絡んでいる太宰を思い浮かべることができるのです」
そう又吉氏は書きます。
そんな太宰はみたくない。そういう意見もあるかもしれません。確かに、笑いをとるかもしれませんが、ダダ滑りしてスタジオが変な雰囲気
になることだって考えられます。
でも、ダウンタウンDXに出てダダ滑りして翌日のブログで悪態をつく太宰、私は見たかったです。
夜を乗り越えるには、かっこ悪くて情けない方法を選ぶしかないことも多いと思います。でも、夜を乗り越えた先、泥だらけのままで朝日を浴びる姿は人の胸をうつなぁと思うのです。
又吉氏が乗り越えた夜と、太宰治が乗り越えられなかった夜と、私が乗り越えた夜は重さも長さも同じではありません。
でも、生きている限りみんな夜を乗り越えているんだと思うだけで、なんだか愛おしく思えてきます。
それぞれの場所で朝を迎えてくれてありがとう。 くれぐれも ヤケは起こさぬように 、みんなそれぞれ頑張ろうね。
太宰も、38年分の夜を乗り越えてくれてありがとう。
又吉氏の本を読んだのに、太宰治への愛おしさが募ってしまいました。
誰もわかってくれない、その気持ちが支えになることもありますが、誰も分かってくれないという気持ちが心をむしばんでいくのであれば、どうぞ本を読んでみてください。
夜の魔物は一人きり頭の中で考えを巡らせているときにやってきがちです。魔物がやってくる気配があれば、考えるのを止めてしまえればいいのですが、考えるのってなぜか全然止まらないのです。
そんなときは本を開いてください。ジャンルはなんだっていいのです、漫画も絵本も図鑑も小説もエッセイも詩も短歌だってなんだって、辞典だって私にとっては等しくすべて本です。
映像や音楽やネットは、情報が入ってくるスピードが相手都合なので、夜を乗り越えようとしている場合にはかえって疲れてしまうことがあります。
本のいいところは、ページをめくるスピードが情報が入ってくるスピードなので、自分の好きな速度で作者や登場人物や出来事と自分の夜を重ね合わせることができます。
疲れたら本を閉じて寝てしまえばいいのです。
風が少し冷たくなってきました。
こんな季節は夜の魔物があたりをうろつくので、どうぞ暖かくして本を読んでみてください。
私は今から、読もうと思って読めていなかった小説と漫画と「火花」を一気読みしながら朝を迎えようと思います。
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